その四『陰と陽について〜』

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★咲華の易学問答コンテンツ★
その壱 易を始めたきっかけ
その弐 易で占えること
その参 易の魅力と欠点
その四 陰と陽について
その五 八卦のイメージ
その六 内卦と外卦について
その七 易の変爻について
その八 易の吉凶の判断について

その九

各爻の意味合い

その十

いろいろな卦の変化
 〜『変卦について』


 
キラリ
 
先生、こんにちは!キラリも易に興味を持って、少し勉強してきましたよ!
えっと、易
というのは、陰と陽の組み合わせのみによって成り立っていますよね。つまり、陰爻と陽爻が3つ 組み合わさることによって、天(乾)・沢(兌)・火(離)・雷(震)・風(巽)・水(坎)・山(艮)・地(坤)という基本の八卦ができ、それらが上下に2つ重なり合うことによって8×8で六十四卦になる。つまり易を構成するものの根本は、陰と陽、この2つだけだということになるんですよね。

そこで先生にお聞きしたいのですが、易におけるこの陰と陽とは何なんでしょうか。単純に、陰は凶で陽は吉とか、そういうとらえかたでいいのでしょうか?
 
 

咲華
 

 おっ!勉強してきたねぇ。君が言っているのは、『太極(たいきょく)』のことだよね。つまり易経の『繋辞伝(けいじでん)上』に、『易に太極あり。両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず』とあるところの、『両儀』のことだろう?

 この、『陰』と『陽』について、私はこう理解しているんです。この考え方を載せている解説書はあまりないと思うんですが。私自身はこう考えています。
 
 この世界には、もともとひとつのエネルギーがあって、かたよりが生じ、相対的に2つの力に見えるようになったと、それがはてしない時間の経過とともに入り乱れてゴチャゴチャになってきたと。その過程であると、考えているんです。まさに初期仏教の『創世期経』の世界であると。それを象徴的にとらえたのが、前出の言葉だと思います。

 つまり最初に『太極』と名付けられたひとつの力があって、それが偏在を生じた状態を『両儀』といって、そこからさらに偏在し分化した状態を『四象』と呼んで、さらに分化して『八卦』を生じた、ということだと思うんですよ。

 だから、陰と陽はこの世を構成する2つのエネルギーのことだと思います。人間の気道にも、ピンガラとイダーという2つがあるように、易における陰と陽も、もともとこの世を構成する2つのエネルギーだと思います。これは世の中の全てに当てはまると思うんです。

 例えば日本にも陰陽道(おんみょうどう)というのがあるよね。これは、物事には光があれば必ずそ こに影が生じる、という性質からきています。人間だって同じなんです。長所がものすごく発達している人は、欠点を意識しにくいんです。こういうような性質のことを表しているだけのことだと思うんです。

 他にも、『山高ければ谷深し』って言うでしょう。日本のバブル経済も89年から90年にかけてドンドン膨らんでいって、そこから一気に滑り落ちたでしょう。それと同じ事だと思うんだよね。
 
 人の運気だって同じなんですよ。例えば、人生の前半に苦しんだ者は後半に安定するんです。また、人生の前半に楽をした者は徳の消耗によって後半不安定になるんです。なぜなら人間はすべて、徳と悪業という2つの要素によって構成されていると言い切ったっておかしくないよね。というよりも言い切れると思うんです。それと同じ事だと思います。
 

 つまり陰のエネルギーと陽のエネルギー、これはどちらが悪業でどちらが善業なのかは知りませんが、この世にはこの2つのエネルギーがあると。この現象の世界を構成しているものの全てはそういうものだと思います。ただ、それはもともとひとつのエネルギーにすぎないんだろうけどね。
 
 だからこれはもうこの世を構成している根本的なエネルギーが、そういうような2つの性質を持っているんだと、私は考えているわけです。それを発展させたのが陰陽道だと思っています。そしてそれをもっと象徴的にとらえたのが易じゃないかなと思うんです。私はこういうふうにおおまかにとらえています。このとらえ方はそんなに間違ってはいないと思っていますが、ただこれをもっと抽象的に考える、というようなことは私はしていないんです。それよりも、易は『閉体系(へいたいけい)』であると、そういうものなんだと包括的に考えるようにしています。つまり卦のひとつひとつが綿密に繋(つな)がり合って重なり合って完結している有機体だから、易の体系というものができあがったと思うんですが。
 

 話はそれるけど、この六十四卦の、64という数字はおもしろいんですよ。八卦と八卦で64。ソンディ心理学では、基本的に8種類の無意識のエネルギーの存在をあげるよね。『性衝動』・『感情衝動』・ 『自我衝動』・『接触衝動』がある。これで4つだね。そしてこれらがそれぞれ2つに分かれる。

  まず、『性衝動』では、『情愛欲求』と『攻撃欲求』の2つに分かれる。
  次に『感情衝動』では、『倫理的欲求』と『道徳的欲求』に分かれる。
  次に『自我衝動』では、『所有理想の欲求』と『存在欲求』に分かれる。
  次に『接触衝動』では、『獲得欲求』と『依存欲求』に分かれる。

  これで8つになります。さらにその欲求にもそれぞれプラスとマイナスがあるわけですよ。

 これが16種類の無意識の衝動なんですが。しかしこの基本となるのは8つなんです。八卦と似てますね。まあソンディはこういうことを意図して作ったわけではないでしょうが、妙な符号の一致だと思っているんです。

 前回の『易学問答』の時にも、易とは誰かが一番最初に大いなるインスピレーションを感じて作ったものなんだろうと言いましたけど、ソンディも多分同じですよね。私は最初に学んだ時、どうして8つなんだろうと思いましたから。どうして8つなんだ、つまり八卦なんだろうと。べつに9つあってもいいじゃないか、と思いましたけど、そこは8つなんだろうね、やはり。

 
 
 
 
私は前回、『易学問答』を先生とさせていただいてから、こんなことを考えるようになったんです。

 それは、易というのは、易経を知らない、読んだこともないような人でも、筮竹を持ってジャラジャラっとやれば、ある程度は当たる。どの卦にどんな卦辞があってどんな爻辞があるのかということも知らないのに当たる。

だとしたらこれは、先生の『家族的無意識』風の表現をさせていただくと、人間には共有の『易的無意識』とでも呼べるものが心の中にあるんじゃないかしら?、と思ったのですが、どうでしょうか?
 
 
 

 今君は、『易的無意識』という言葉を使ったけど、そういうものはこの世の中にひとつの力としてあるんだろうな、法則としてあるんだろうな、と思います。あなたが言ったように、易経という経典を知らない人でも筮竹をジャラジャラっとやれば当たることもある。それはなぜかと言えば、易が閉体系であるからです。つまりそれひとつで完成された体系だからです。しかしこの辺になるともう、哲学的な世界になっていくので、ちょっと私自身、実践家としてはわからないところもあるんですが。別に易の思想体系を必要としているわけでもないからいいやと思っています。

 でも、易の哲学体系はいろんな示唆、智慧を与えてくれることは事実です。このへんはタロットとは違うね。まったく違う。タロットの世界というのは魔境に入って行くような世界なんだよね。しかし、易の世界は全然そんなことはないんだよ。

 タロットをおやりになってる実践家には女性の方々が多いけど、そういう方たちはマニプーラ・チャクラの汚れをどんどん付けているような感じがします。タロットカードをやればやるほどそういう世界に通じていくのだろうと考えています。つまり最初にタロットのインスピレーションを得た人がマニプーラ・チャクラの汚れを多く持っていて、低級霊域に通じていたんじゃないかな、と私は思いますし、易のインスピレーションを得た人は初期仏教でいうところの第一天界に通じていたと思っているんですけどね。

 
 
 
 
ほほう、第一天界ですか。それはどうしてでしょうか?
 
 
 

 なぜならば、易学というのは儒教と関係してますし、儒教の基本的な教えというのは第一天界の教えの投影と考えていますから。物事を整然とする教え、秩序、倫理的秩序というものを重要視する教えですから。だから私はタロットを選ばなかったんですが、そのあたりも占う人の縁だと思いますけどね。つまりどんな占術と縁ができるのかということだね。

 そして一口に易占といっても、高嶋嘉右衛門流の三変筮(筮竹を三度振ることによって、下卦・上卦・爻を出す方法)というのは、これは易の世界ではポッと出なんです。彼以前に、真勢中州(ませちゅうしゅう)とか、新井白峨(あらいはくが)とか、そういう方々が中筮、つまり六変筮(筮竹を六度振ることによって卦を出す方法)を重視して占いの体系をお作りになった時代もあるんです。それから梅花心易(ばいかしんえき)、あれは邵康節(しょうこうせつ)という中国の人が始めたんですけどね。そういうものから見ると、嘉右衛門師の三変筮の体系、つまり爻辞を重視した占い方というの比較的新しいと言ってもいいでしょう。

 
 
 
 
歴史が浅いということですね。
 
 
 

 でも、初心者は占いやすいよね。そして、三変筮では吉と出ても六変筮では凶と出るケースもありますからね。逆に、三変筮で凶と判断しても六変筮では吉と判断するケースもあります。

 では、それはどこが違うのかというと、占う人の側にどういう体系が存在しているかということの違いだと思いますけど。つまり占いというのは自分の無意識とシンクロするだけの話ですから。

 
 
 
 
では、一般的には吉とされている卦が出たとして、その占い師、易者の体系の中でそれが凶と判断されればそれは凶、ということでいいんですか?
 
 
 

 そうだね。爻辞とかいうものはあくまでも参考だからね。だからいくら一般的には吉の卦であったとしても、その占者の体系の中では大凶、ということはあります。

 例えばこんな例があります。誰の占例だったか、ちょっと忘れたけど、ある人が易者さんの前にやって来て、私の父親が病気で長く臥せっているのだが、今後どうなるか占って欲しい、と言いました。その病気が治るか治らないかということを占って欲しいと頼んだと。

 それに対してその易者が占って得た卦が『地天泰』であった。これは基本的には吉卦ですよね。泰は安定を表しますから、基本的には健康体というイメージが強い。しかしこれを占った人は、大凶、あなたのお父さんは死ぬよ、という判断をし、そしてそれが適中したわけです。

 それはどうしてかというと、『地天泰』という卦が出たわけですが、その易者さんは卦の形を重視する人だったんですね。彼はそういう体系を自分で培ってきたわけです。そして『地天泰』という卦を得た。下卦の乾(天)という卦はね、これは父親を表します。父親とか社長とか天皇とか、トップを表す。それが地面(地)の下にあるわけだから、これはお墓の象(かたち)であると。つまりあなたのお父さんは土の下に潜りますよと。これがその易者さんの占断だったわけだ。

 だから、その人独自の易を作り上げなきゃならないんだね。それを作り上げるプロセスの中で、嘉右衛門流の勉強をするも良し、真勢易(ませえき)を勉強するも良し、邵康節流の梅花心易(ばいかしんえき)を学ぶも良し、何をしてもいいのですが、基本的にはその人自身の易を作り上げなくちゃならない。そうならないと、当たらない。というのは、そうでないと本当に困ったときに自分で卦を出してそれに救いを求めるという状態には絶対にならないからなんです。

 私もこういうことがわかるまでに10年やそこらはかかってます。

 
 
 
 
ちなみに先生が最も影響を受けた易者というのはどなたでしょうか?
 
 
 

 そうですね。まあ、一番最初は高嶋嘉右衛門師の影響を受けましたし、あとは、色々な勉強をし ましたからね。邵康節の勉強もしましたし、新井白峨の易学小全の勉強もしましたし、真勢流の中筮の勉強もしました。では今の自分の判断のスタイルにどれが近いのかと言えば、略筮と中筮、つまり三変筮と六変筮の中間くらいでしょうかね。
 
 というか、こういうものを勉強して、いったん忘れる。するとデータが自分の無意識に蓄積される。それを何回も繰り返して初めて自分の易が出てくる。やっぱり懸命にやったとしても、自分の中でそういう体系を作り上げるまでには10年くらいはかかりはしないかと思うんですけどね。ポイントを外さずにきっちりと勉強してそれくらいはかかると思うんです。

 
 
 
 
うむむ……。
 
 
 

 易の言葉で、『坤為地』初爻の爻辞に、『薄氷を踏みて堅氷に至る』とあって、そのあとに、子が親を殺すのは一朝一夕のことにあらず、ちゃんと理由があるんだ、と続くわけですが、それと同じ事でね、結果というものは小さな原因の積み重ねによって現われてくるわけだし、その小さな原因をおろそかにしていれば、結果として現れてきた現象からは絶対に逃げることはできないんだよね。

 易者には、『盗と死と姦は言わず』といって、盗みと死と姦淫、浮気、この3つにはできるだけ触れないでおこう、という鉄則があるわけだけど、これを言うことは易の占いの世界ではタブーなわけだ。でも、私にはそんなもの、関係ないでしょう。なぜかというと、一般に易者というのはカルマの生成、運命の原因になる要素ということに関してはまったくの無力でしょう。彼らは今現れている現象がどう変わるかということしかわからないわけだ。だから『盗と死と姦は言わず』と言って、深刻な事態に首を突っ込むのを戒めたと思うんです。でも、カルマが現象化するプロセス、カルマが生成する力、運命を構成する力をはっきりとつかんでいれば、いくらでもそこに突っ込めるでしょう。 
 私は、死ぬ、とか、盗まれる、とか、邪淫、とかいうようなことでもはっきりと言いますよ。死んで終わり、というのではなく、死ぬことが避けられないのであれば、どういう風に死なせていくのかというのも重要な問題だからね。

 早く咲華占術を体系付けて、いまのアストロサービスでやっているようなシステムをひとつの流れにしたいんですよ。なぜなら21世紀は失敗できない世紀でしょう。日本は、イギリスのようになっていくと思いますよ。私はいずれ日本は消滅していくんじゃないだろうか、と思います。2030年くらいだろうか、アメリカか中国の属国になる。そういう形になってくるんじゃないかと思いますけど、国がそういう不安定な動きをしているときに、自分がいかに失敗しないか、家族がいかに失敗しないか、ということをちゃんと事前にガードする法則というのは絶対に必要だと思っているんです。

 世界的に見ても、石油がいずれ枯渇するでしょう。2030年か2040年くらいに。そうなってくると、石油の供給イコール資本主義なわけですから、資本主義が崩壊すると必ずその前に大きな戦争が起きて、日本も振り回されることになりますからね。そういう時代に入ってきているわけじゃないですか。

 また、日本は人口減ってますが、地球規模ではどんどん人口が増えて、地球がこれだけの人口を養えない状況になってきてますよね。そうなると絶対に人間同士噛み合いをしますから。だから早く、これを流れにしていきたいんですけどね、転ばぬ先の杖をちゃんと持つような流れをね。しかし自分のカルマがあってなかなかそうはならないのかな、とも思うんですが、しかし早くそういう流れを作っていきたいですね。

 
 
 
 
うーむ、なるほど。今回もと〜っても勉強になりました!先生ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!