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明治二十二年、山形有朋伯爵の気運を占った時のことである。筮してみたところ、《水風井(すいふうせい)》の第五爻を得たのだった。
《水風井(すいふうせい)》
《井(せい)は、邑(ゆう)を改めて井を改めず。喪うなく得るなし。往くも来るも井井たり。ほとんど至らんとして、またいまだ井につりいとせず、その瓶(つるべ)をやぶる。
凶なり》
『井は井戸の意味。巽(そん)は木を表し、坎(かん)は水を表しているが、木は水に浮かぶべきものであるのに、この卦においては水の下にあるという卦象なので、井戸水の中に木の釣瓶を入れた状態であると見る。
邑(むら)のたたずまいには移り変わりがあっても、村の生活の中心となる井戸はいつまでも変わらないし、また井戸はいくら汲み上げても涸れることはなく、汲まないでいたからとて溢れ出ることもない。
往来の人々は誰でも自由に 井戸を井戸として利用することができる。およそ井戸の使い道はこのようであるが、もしこれを汲もうとする者がそのやり方を誤って、例えば釣瓶がほとんど水に届きそうなところまで行っていながらツルベ縄をいっぱいに伸ばしきらないとか、その釣瓶を壊してしまうようなことでは、せっかくの井戸として使い物にならないので凶である』
第五爻の爻辭によると
《井洌(きよ)くして、寒泉食わる》
『九五は陽爻が中の位を得ている。井戸の水が清く澄み、湧き出る冷たい水が人々に飲まれるようになった状態。君主の功徳が善美で、衆人がそのめぐみを受けるのをたとえる』
嘉右衛門の占断は次のようであった。
「王者が都を建造するには泉の便利を選んで場所を定めるものです。都は人の力によって移すことができるけれども、水脈は移すことはできないので
『邑(ゆう)を改めて井を改めず』
というのです。
今伯爵の人となりを推し量ってみると、精神を磨き上げ、堅実に勉め励んでいらっしゃる。それはひとつには先祖の精気が水脈のように遺伝しているのだと言えます。『水風井』の性分は、慈愛に満ちて温厚・清く潔い心・政務に通じている・多くの人を養成する、などがあります。
井戸の水というのは汲んでも汲んでも尽きることはなく、これを用いるならば複雑多岐にわたる事務に忙しく働いて飽きることを知らず、井戸は中から出すばかりで外から物を投げ入れられることがないように、伯爵は良い悪いに関わらず人の言うことを聞き入れない癖がありますが、そもそも井戸は人が生きていくのに一日も欠かすことはできないものであるように、今の世の中になくてはならない存在、これが山形伯爵であります。
今、第五爻を得てみると、湧き出る泉の清く甘美な徳、すべて澄み清らかに満ちて、井の 要素がことごとく備わり、それを世の中のために生かすべき時です。これを
『井洌(きよ) くして、寒泉食わる』
というのです。
井戸水というのは地下の底から汲み上げられて広大 無量の優れた役割をなし、多くの人々を養うことができますので、陛下が賢明な人材を登用される時にあたっては、伯爵も抜擢されて盛運にいたる時です」
と占った。
そうしてこの年、嘉右衛門の占った結果どおりに山形伯爵は内閣総理大臣に任命されたの であった。
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