☆☆ 易の神秘 第二十六占 ☆☆
《山天大畜(さんてんたいちく)の巻》
〜明治の新政府がまとまるか否かを占う〜


 明治二年、友人の某氏が嘉右衛門邸を訪れ、今の時勢について話した。 彼は、
「いまや、戊辰戦争最後の決戦であった箱館、五稜郭の戦いも平定し、天下は治まりました。朝廷は各藩から選りすぐりの藩士を集め、大いに人材を登用して政務を充実させようとしています。
 戦争の後、各藩の藩士が寄り集まって政府を形成していますが、互いに権力を争って紛争を生じることにならないかどうか不安があります。このまま新政府がまとまるかどうかを占ってもらえませんか」
と言ったので、嘉右衛門は筮竹を執った。

 得た卦は《山天大畜(さんてんたいちく)》の第五爻であった。
《山天大畜(さんてんたいちく)》
《大畜は貞(ただ)しきに利(よ)ろし。家食せずして吉なり。大川を渉るに利(よ)ろし。》
『大畜の大は陽、畜は畜(とど)むの意。内卦の乾(天)、外卦の艮(山)ともに陽卦、艮荷よって乾を引き畜(とど)めるのだから大畜であり、また陽によって陽を引き畜めればその拘束力も大、従って大きく畜める=大畜という意味にもなる。
 君子が胸中に畜めるところの才学もまた大なるべきことはもちろんであるが、同時にそれは貞正なることをよろしとする。つまり才学がいかに大であっても、不正であってはならない。かくて貞正の 徳を大畜すれば、いたずらに家居徒食することなく、朝廷に出て禄をはんでも吉であるし、大川をわたるような大事を決行するにもよろしい。』


 第五爻のことばは 《フン豕(ふんし)の牙(きば)なり。吉なり。》
『第五爻は陰柔居中、第二爻をひき畜(とど)めようとする立場。第二爻は初爻にくらべてその力はやや強いが、これを制することはまた必ずしも困難ではない。故にこれをフン豕(ふんし)の牙にたとえる。つまり豚は剛躁(ごうそう)な性質の動物ではあるが、これを去勢してしまえば、その牙が残っていても、おとなしくなって人に危害を加えることはない。このように事を制するにそのよろしきを得れば吉である。』

 嘉右衛門はこの卦を次のように読んだ。
「《山天大畜(さんてんたいちく)》。
 この卦において、下卦の乾(天)は各藩から選抜 された剛健の士族を、上卦の艮(山)は政府をあらわしていると見ます。
 下卦は天ですから、とにかく剛健で、力にまかせて猛進しようとします。それを上卦の山が押し畜(とど)め、篤実であるようにとなだめています。ゆえにこの卦は《大畜》というのです。
 政府が人材を登用し、高給を与えて彼らを雇用しているのもまた《大畜》といえるでしょう。今は戦争が終ったばかりですから、諸藩の薄給の士族も武骨で豪気になっていますが、そんな彼らも一躍出世して政府の高官になり、巨額の給料をもらうようになったのですから、いまの状態を喜び、これから大いに楽しもうと思っていることでしょう。

 今日は吉原の花と遊び、明日は柳橋の月に詠じる。やがてはこういう日常を送るようになって、かれらもこの一大快楽に身を浸し放蕩遊興の限りを尽くし、その中で豪気は丸くなり士風もだんだん柔弱になっていきます。
 それはあたかも金玉を切り取られた豚が自分 の牙を使って戦う勇気をなくしてしまうようなものです。ゆえに
《フン豕(ふんし)の牙(きば)なり。吉なり。》
とあるのです。

 ですから、私たち国民が、政府内部の仲間割れや紛争を気に病む必要はないでしょう。こうなると、かの吉原・柳橋の芸者といえども、国家を治める英雄豪傑たちが互いに争うのを未然に防いでくれるわけですから、その功績偉大なりと申せましょう。」
 この後、政府高官たちはまさにこの占断のとおりに振る舞い、世の中は平穏な日が続いたので、この友人と会うたびにこの占断の話になり、その都度、笑いと感嘆の声が上がるのであった。