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明治十八年も間もなく終わろうという歳の暮れ、嘉右衛門の友人の鳥尾得菴(とりおとくあん)が嘉右衛門邸へやってきた。終日、易の理(ことわり)について語り合った末、今のわが国において果たして真に易道の真理に到達している者が居るかどうかという議論が持ちあがった。
鳥尾君の論ずるところはこうであった。
「天下は広く、人材もあふれています。易に感通している者の一人や二人、どうしていな いなどということがありましょうか。」
これに対して嘉右衛門は、
「私のごときは、深遠なる易理をもてあそんで既に二十数年になりますが、いまだにその 感通力は卦でいえば
《沢山咸(たくさんかん)》
の初爻といったところでしょう。
沢山咸。『咸』は感じることです。初爻のことばは、
《その拇(おやゆび)に咸ず。》
『初爻は咸卦のはじめであるからその感応はまだ微かで、わずかに足の親指(拇)がむずむずと感じる程度である。』
というものです。
このように私などはまだまだこの道においては、足の親指でむずむずと感じている程度で、とても易の深いところまで到達しているとはいえません。
また古今東西を通してこの世を見渡してみても、孔子以来、ほんとうに神の叡智に報いる境地にまで達したような人は、そう多く出てはおりません。それを踏まえてこのことを考えれば、ただ現世の理ばかりを追い求めている風潮の今日、易道の真理に到達した人がいるとはとうてい思えません。」
しかし鳥尾君も持論を曲げず、議論は白熱、決着がつきそうもない。そこで鳥尾君がこ う提案した。
「このままではいつまでたっても埒が明きません。居るや否やの議論に多弁はいりません。こうなれば易で決着をつけましょう。あなたが一占すれば白黒はっきりするじゃないですか。」
そこで嘉右衛門もこれにうなずき、ついに筮竹を執った。得た卦は
《風地観(ふうちかん)》
の上爻であった。
『観』は示す、また仰ぎ観るの意。その卦辭は、
《観は盥(てあら)いて薦(すす)めず。孚(まこと)ありてギョウ若(ぎょうじゃく)たり。》
《てあらいて》
とは、両手を洗うことで、この場合、神に祈る前に手を洗うこと。
《すすめず》
とは、酒食を神に捧げて祭ることである。
よってこの卦辭の意味は、
『君主が、見せかけの形式的な方法ではなく(盥(てあら)いて薦(すす)めず)、あくまでも心から真剣に神を祭るならば、参列者もその敬虔な姿勢に打たれてこれを仰ぎ観て(ギョウ若)、誠心が上下に感孚する。』
となる。
そして上爻の辭(ことば)は、
《その生を観る。君子なれば咎なし。》
『上九は無位の賢者に当たるから、実際の政治には携わっていないけれど、世の人々はその生活を観て模範にしようとしている。従って君子として恥ずかしくないようであれば咎はない。』
というものであった。
上記の抽象的な爻辭から、嘉右衛門はこの難問をどう解いたのだろうか。
いよいよ嘉右衛門の占断が始まる。
「上爻は世間から離れた地、身分とか地位とかいうものから脱した位である。 観の卦は、一から四爻まではずっと陰、五・六爻が陽であるから、一・二爻、三・四爻、
五・
六爻をそれぞれ一まとめとして見ると、陰・陰・陽で艮卦となる。これを大艮といい、鬼神を祭る卦である。
そして卦というものは、六つの爻を三才(天人地)に分け、五・六爻を天位とし、特に 六爻をもって天位に充てる。このことから考えると、観卦は一から四爻まではずっと陰、
五・六爻が陽であるから、天道は変なく(陽)常に《その生を観る。》ものであるが、人の世はそうはいかず偽りに満ちていて(陰)、とても天道と同じにはいかない。
これは天位だけが陽明で、人位に陽がないから、天命を受けられる者が居ないあらわれである。
ただ、これを時についてみてみれば、上爻は未来とみなすことができるから、今日においはそういう人間はいないが、後世必ず易術をもって神明に通じる者が出てくることでしょう。」
この嘉右衛門の占断を聞いて、鳥尾君はうなった。
「う〜〜〜ん、たしかにあなたが言われるとおり、《観》の上爻変が出た以上、今の世に、真に神明に報いる境地にまで達した人はいないとするべきでしょう。
しかし待ってください。私はこのままではまだ納得がいかない。易は何度も繰り返してその神聖さを汚してはいけませんが、もう一度だけ、今度は私に筮竹を執らせてください。」
と言って嘉右衛門から筮竹を受け取った。
こうして彼が得た卦は水沢節の第三爻だった。
これをみて嘉右衛門は言った。
「節の三爻ですか。三爻の象傳(しょうでん)にはこうあります。
《節せざるのなげきとは、また誰をか咎めん。》
『節度を保てないことのなげきは、また誰を咎めることができようか。全て自分のしわざなのである。』と。
つまりこれは、今の世に易道の真理に到達した者を求めるのは、冬に春の花を探し、夏に雪を欲しがるようなもので、これは天の時がまだそこに至っていないのだから、
《また誰をか咎めん。》
誰が悪いのでもない、ということでしょう。」
鳥尾君は、
「おお。二度筮して二度とも同じ示唆を得るとは。これこそまさに易の霊妙、神秘の力と いうべきでしょう。
そうですか、やはり今日、真の易者は世におりませんか。まことに残念だが易の結果だ、 しょうがないですな。」
そう歎じると彼は嘉右衛門邸をあとにしたのでした。
ちなみに、ある紳士が嘉右衛門を非難し、論戦を挑んできたことがあった。 彼は嘉右衛門に向かってこう言った。
「あなたは好んで易占をもてあそんでおられるが、あなたがほんとうに易占術の神明に到 達し、その命を受けることができるならば、一つの事柄を三度筮して三度ともまったく同じ卦を得ることができるはずです。それができたならば私もあなたを信じましょう。しかしできなければ、あなたの易占は信じるに足りない。」
これに対して嘉右衛門は、
「あなたが言っておられることは、例えば馬は乾、牛は坤とあらかじめ決め込んでしまって、馬を筮するときは必ず乾、牛を筮するときは必ず坤を出そうと思っているようなものです。
これはつまり、三国時代、魏の儒者であった王弼(おうひつ)が語った所の、
『馬を乾に定め文を案じ、卦を責む。馬有り、乾無し。すなわち偽説滋蔓(ぎせつじまん)、紀すべき難し。』
の愚をおかしているといえるでしょう。
易というのは神命を受ける行為です。自分の誠を尽くして神に感化するのです。ですから、己の誠心を尽くせたときには一筮で神に感化することができます。どうして三度も同じ事を占って神を玩弄するようなことをする必要があるのでしょうか。これがために
《山水蒙》
のことばに『初筮は告ぐ。再三すれば汚る。汚るれば告げず。』とあるのです。
ではあるけれども、占う者が誠心を持続することさえできれば、三度占って三度とも同じ卦を得ることもあるいは有り得るかもしれませんし、もし別の卦が出ても、その意味する所、事象の正鵠を得るという点では、同一の結論が導き出されることでしょう。
これを射撃術に例えてみましょう。
ここに射撃の妙手がいて、同じ銃で同じ距離から同じ的を狙って100発撃ち、95発を命中させ、5発を外したとしたら、これは集中力が足りなかったと言わざるを得ず、彼のことを射撃の名人と呼ぶわけにはいきません。易においても、占者の誠心が尽くしきれなかった場合に同じ事が起きるでしょう。
またもしここに射撃の名人がいて、百発百中、的を得ることができたとします。いかに名人とはいえ、果たしてこの100発全て、寸分たがわず最初の一発目の弾痕に撃ち込むことができるでしょうか。要はその的を外さなければよいのであって、的の中での多少のズレは許されるのです。
このように易においても、その至誠を尽くすことさえできれば、三筮同卦を得ることはできなくても、そのあらわすところはひとつとすることはできるということです。射撃と易、互いに道は異なってもその当たる所以は一つなのです。」と。
しかしこの紳士はなお引き下がらなかった。
「易占がほんとうにあなたのいうとおりのものであるなら、未来を予測するにおいて誤ることが無いはずです。もし未来を知ることができて、その情報に間違いがないならば、どうしてあなたは相場の上がり下がりを予測して一挙に巨万の富を得ようとなさらないのか。
この大計を謀らずに営々として家業に精を出しておられるのは、易占を現実の事業に使えないあいまいなものだと知っている証拠でしょう。」
嘉右衛門は毅然とした態度でこれに答えた。
「あなたの言は間違っている。
相場というものは賭博の一種であり、大丈夫たるもののするべきことではありません。
論語にも、
『博奕(ばくえき)なるもの、これをするは、なお巳(や)むに賢(まさ)れり。』
とあるでしょう。
これは、小人が無産業者でいると、いわゆる『閑居不善をなす。』の弊害があるから、 なにもしないよりは、たとえそれが賭博であったとしてもした方が不善をなすよりはましだ、ということです。
私は無産業者ではありません。確固たる産業をなしている者です。ですから易占の当たる、当たらないに関係無く、相場のようなものをする必要がないのです。」
論ここに至って紳士はもはや返す言葉も無く、ただ黙っているより他はなかった。
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