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熊本県人の尾藤判事は、かつて嘉右衛門のもとで易を学んだ弟子であった。
その彼が久しぶりに師のもとを訪れた。
彼には十八歳の美しい娘がいたが、ある紳士が妻を亡くしたのでその後添えに彼女をという話が来たため、この縁談の吉凶を占って欲しい、というのが彼の来意であった。
嘉右衛門はこれを筮して、『沢雷随(たくらいずい)』の第二爻を得た。
《沢雷随(たくらいずい)》。
上の兌(だ・沢)は悦(よろこ)ぶという意味があり、下の震(雷)は動くことを意味する。こちらが積極的に動き相手が悦ぶので、随(したが)うとなる。
その卦辭には
《随はおおいに亨(とお)る。貞(ただ)しきによろし。咎なし。》
『事をおこなうにあたって悦服随従を得れば、おおいに亨(とお)る。ただしそれには貞正なるおこないでなければならない。かくてこそ咎は無い。』とある。
そして第二爻の辭(ことば)は
《小子に係(かかわ)れば、丈夫(じょうぶ)を失う。》
『年少の若者(小子)にかかわれば、立派な夫(丈夫)を失うことになる。』
というものである。
娘の縁談話で出た卦としてはなかなか意味深、尾藤判事も内心複雑だったのではないだろうか。
さて、嘉右衛門の占断である。
「随は、剛者(つよきもの)である雷が下卦に下りて、柔者(やわらかきもの)である沢に従うという卦であり、柔者が剛者に従うときではない。
これをあなたのご令嬢の立場から見ると、ご令嬢は柔であり、相手の紳士は剛ということになるでしょう。ですからご令嬢は紳士に従うことを良しとしないでしょう。
また爻辭 に
《小子に係(かかわ)れば》
とあるのは、ご令嬢が自分よりも目下の男子に恋をしていて、この者に嫁ぎたいと思っているあらわれと見える。
彼女は紳士(丈夫)との年齢のひらきを嫌がり、歳も近く考えも通じやすい少年との結婚を望んでいます。 それゆえに
《小子に係(かかわ)れば、丈夫(じょうぶ)を失う。》
と出たのです。」
これを聴いて尾藤判事は心中悟るところがあったのでしょう。
「父母は子どもよりも先に死んでいくものであり、夫婦は末永く付き合っていかなければならないものです。
親の好みを娘に押し付けて娘の想いを曲げさせることはあってはならないことでした。
先生、ありがとうございました。」
と言い、嘉右衛門に感謝して帰って行った。
この後彼は相手の紳士に謝って縁談を断り、娘を一書生に嫁がせたということである。
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