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嘉右衛門の友人で東京に住んでいる某氏が、常陸(いまの茨城県のあたり)で沼地の開墾を計画しているのでその吉凶を占って欲しいと言う。
そこで嘉右衛門が筮竹を執ったところ、得た卦は《地天泰(ちてんたい)》の第二爻であった。
《地天泰(ちてんたい)
《泰は、小往(ゆ)き大来る。吉にして亨(とお)る。》
『泰は安泰の意。小(地・陰)が外卦(上卦)に往き、大(天・陽)が内卦(下卦)に来ていれば、やがて陰気は下降し陽気は上昇して陰陽相和する時期に達する。故に吉であり亨るのである。人事をもって言えば、君臣上下の意志疏通し国家安泰ならんとする時でもある。』
第二爻のことばは
《荒を包(か)ね、河を馮(かちわた)るを用い、遐(とお)きを遺(わす)れず、朋(とも)亡ぶれば、中行に尚(かな)うを得ん。》
『二爻は陽爻が中の位に位置していて、荒れ穢れた人たちをも包含し、時には歩いて大きな川を渉るような冒険を犯し、疎遠でも才能のある人のことを忘れず、私的な朋党の利害関係を滅却して前進するのであれば、まさに中道にかなった行動であり得よう。』
嘉右衛門は友人にむかって話しはじめた。
「もともと泰という字は、人が左右の手で大地を拓いて大水を導く様をあらわしたのをその字源とします。元来人というものは洲(す)の上に棲息する動物であり、洲というものは大雨が降るごとに山岳から流されてきた土砂が積み重なってできたものですから、そのうちの低所には湖や沼地があります。
いまあなたはこの沼地を開墾しようとなさっておられる。この事業は社会に利益を与え、国家の経済を助けるものです。泰の初爻に、
《茅(かや)を抜くを茹(じょ)とす。》
とありますが、これは五穀の種を播(ま)き育てるために沼地に生えている茅を抜き去るという象意であり、この開墾が必ず成功することを暗示しています。また、
《荒を包(か)ね》
とは荒地を買い入れること、
《河を馮(かちわた)るを用い》
とはわが身を惜しまずに働いてくれる人を雇用できることをあらわしています。」
と、ここで嘉右衛門は一呼吸おき、声にいっそうの力を込めてこう続けた。
「あなたの友人たちは巨万の財産を所有し安楽に世を過ごしておられますが、それだけにとどまらず、子々孫々まで永くその贅沢なくらしを受け継がせようとあれこれ策をめぐらしている。これは大いなるあやまちと言わざるを得ません。
この世において、裕福な者が公益をおもんぱからなければ貧しい人たちはいったいどうやって衣食を得るというのでしょう。人というものは、衣食が得られなければその境遇を受け入れて静かに死んでいくというものではありません。生きていくためには礼儀をかえりみず、恥をわすれ、ついには刑法をおかして法の網にかかることになってしまいます。これを国家の乱というのです。ですから国家の乱は必ず、華美を好み美食に溺れる愚か者たちが引き起こすのです。
しかしあなたはそういうお仲間の風に染まらず善しとせずに、奮発して私財をなげうち、多くの人のために沼地を開墾しようとなさっておられる。その志気、節操たるや群を抜く高みにあります。ですから
《朋(とも)亡ぶ》
とは、あなたがお仲間のなかで秀でた存在であることをあらわしているのです。
あなたがなさろうとしていることは、誰に恥じることもない立派な事業ですから、
《中行に尚(かな)うを得ん。》
のことば通り、今回の開墾は後日かならず新田という結果を生み、その名誉を子々孫々、受け継いでいくことになるでしょう。」
この友人は嘉右衛門の占断を聴いてこう答えた。
「あなたのお言葉はほんとうにありがたいもので、私も聞いていて自信が出てきました。しかし私はなにぶんもうこんな歳だし、しかも目下、手を離せない仕事に取り組んでもいるので、自ら現地に赴いて采配をふるうことはできません。そこで私が信頼する某氏を代理人とし、彼にこの事業をまかせたいのですが、いかがなものでしょうか。」と。
そこで嘉右衛門は再度筮竹を執りこれを占った。 得た卦は坤為地(こんいち)の第四爻であった。
《坤為地》第四爻。
《嚢(ふくろ)を括(くく)る。咎(とが)もなく誉(ほま)れもなし。》
『第四爻は徳・位ともに陰柔、しかも五爻の君子に近く謹慎を第一とすべき場所。それゆえに嚢の口をくくるように、智慧をかくし物言いを慎んでおれば、栄誉をもてはやされる
こともないかわりに咎を受けることもない。』
「坤の卦というのは、六爻すべて陰という純陰の卦であり、一つも陽がありません。易においては陽を尊しとし、陰を賤(いや)しいとしますから、この卦は心賤しき小人であるとみます。俗人は地位や階級でもって人の貴賎を判断しがちですが、私はその人の心がけでもってそれを判断します。
では私の考える人間の貴賎の基準とはどのようなものかというと、その第一は、物事を自分のためではなくひとのために為し、人々が喜ぶことは自分も喜び、人々が嫌がることは自分も嫌がる。その性情は公正で、一点の私心もない。こういうひとを上等とします。
第二は、自分が望むことはひともまた望んでいて欲しいと思い、そうは思いながらも何事 もひとと話し合って自分勝手には物事をなさないひと。こういうひとを中等とします。
第三は、ひとたび自分が欲しいと思ったものは親戚や友人のこともかえりみず、不善不義 をなしても平気で少しも恥じることのないひと。これを下等とします。これが私の平素から考えている持論です。
智慧ある人というのは、心を善に確定させて 動くことのない者のことをいいます。こういう人を貴人といいます。愚かな人はその心が 不善に偏って善に移ることがありません。これを賎人というのです。
坤の初爻には
《霜を履(ふ)みて堅氷至る。》
『初めて霜を踏む季節ともなれば、やがて堅い氷が張るときがやって来ることを想定しておくべきであるのと同じように、初爻は陰気の初めであるからまだその勢いは弱いが、放置すればやがて強盛になるから、早くにこれを警戒せねばならない。』
とあり、この爻の解説には、利欲のためについには君父をも殺してしまうことがあるのだ と説かれています。
そして坤の上爻(第六爻)には
《竜、野に戦う。その血、玄黄(げんこう)なり。》
『上爻は陰の極みであるから、陰極まれば陽となる、というとおり、坤ほんらいの陰と、陰極まって陽となったものとが二匹の竜のようにあい争うに至る。かくて互いに傷つき、血を流し合うことになるであろう。』
とあり、血を流して利益を争う様が示されています。
いま出た第四爻は利のために義を忘れる者といえましょう。このような者に事業を委託す るのは、あたかも盗人に家の鍵を預けるようなものであり、そうなると油断なく財布のひもをくくって用心し続けなければなりません。これを
《嚢(ふくろ)を括(くく)る。咎(とが)もなく誉(ほま)れもなし。》 というのです。
ですからこの事業は断じて他人の手に委ねるべきではなく、どうあってもあなたが自ら行うべきです。」
こう嘉右衛門は忠告したのであった。
そして友人はこのことばに従い、自ら常陸へと赴いたという。
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